平日毎日配信しているメルマガ「毎日堂」が2023年5月で10周年を迎えられた運営堂・森野誠之さんと、FRACTA代表・河野が、AI時代のブランドとEC運営を語るシリーズ。後編では、森野さんがECサイト運営を始めた理由と、これからのECについてお話しします。
(Text: ワダ スミエ)
「運営」で独立した理由は?ブランドと運営について
FRACTA 河野:森野さんは「ネットショップ担当者フォーラム」でニュースまとめ記事のコーナーを持たれ、「ECzine」でも記事を書かれていますよね。EC歴はどれくらいですか?長そうだと思って見ていたのですが。
森野:20年くらいになります。制作会社に勤務していた頃から、名の知れたASPカートはひと通り利用したと思いますし、モール出店も手伝っています。昔に比べたら、えらい便利になったなと思って見ています。
河野:キャリアとしては、サイト構築の仕事に行きがちですよね。なぜ「運営」に意識が向いたのですか?
森野:制作会社に勤務していた頃は営業職で、毎月のルーティンが決まっていました。月初は、先月ECサイトを作って納品したお客さんに「売れない」と怒られる。月の真ん中になると社内の制作部署から「月末に納品予定のECサイト用の、原稿や画像など素材の支給がまだない」と言われる。そして月末は、上から「今月の売上は?」と詰められる。こんなサイクルが回り続けるため、「売れるよう支援するのは仕事になる」と思ったんですよね。制作会社がECサイトを構築するほど、売れないECサイトが一定数生まれ続けるため、運営側に回って売れるよう支援できれば食いっぱぐれないなと思いました。
当時は、ECサイトを作った後の「運営」の支援をする仕事は、そう多くなかったはずです。Google アナリティクスが出てきてデータを見ることができるようになり、リスティング広告も出てきてマーケティングしやすくなった時期でしたから、「運営」が仕事になり始めた時期でした。
河野:次のステップは転職ですか?それともすぐに独立ですか?
森野:独立です。ひとりでやってみるかとやっているうちに、なんとなく食っていけるようになったという感じです。最初は「運営」だけではそこまでお金が出ず、食っていけなかったので、はじめの5年くらいまでは制作などその他のこともやっていました。屋号ははじめから「運営堂」です。
とにかくいろんなサイトの「運営」をやらせてもらって経験を積むと、勝ち筋がわかるようになってくる。新卒はメーカーで、製造現場を見たり総務もやったりして、商売のひととおりは見てきたつもりです。それをネットでやるだけだと思っていました。ネットでの勝ち筋が見えるようになるまで、5年くらいかかったというところです。業種業態、企業規模によって全然違いますから。
河野:サイト構築は、新しいサイトが出来上がるという成果物がはっきりしているため、お客様も対価を払いやすいですよね。一方で「運営」は、トラブルなく回っていることが素晴らしい場合もあれば、売上を上げてくれという期待値が高い場合もある。複合的ですし、難易度が高い仕事だと思います。それを独立した時点から「運営堂」でやっていこうというのは、侍のようにチャレンジングですね。
森野:クリエイティブな分野に興味がなかったんですよね。学生時代、美術や音楽の成績も良くなかったですし。一方で営業職などの経験から、結果を出して「この人は信頼できる」と思ってもらえれば、お金はいただけることはわかっていました。もちろん、プロなので結果が出せなければ終わりなのですが、世の中の流れもあったりするけれど、全部自分の責任というのがわかりやすく、やりやすいです。できるようにやるしかないと、雇われていた頃とはマインドが変わりました。
河野:見極めも大事ですよね。うまくいかないものもどうしてもあるので。
森野:よくあります。なんの脈略もなく違う業種の仕事を始めようとか、卸ルートが見つかったからC向けの商品を作ってみようとか。外から見ると「絶対うまくいかないだろう」とわかるのですが、経営者は見えていなかったり。わかっていてそれを止めずに、自分の仕事はここまでと線引きして受注してしまう人もいるのですが、最終的には「結果を出した」という事実が勝手に営業してくれると考えています。ひとりでやっているので、営業はあまりしたくなかったんです。そうなると、放っておいても仕事がくるようにしなければならないため、結果を出すことに最大限に注力した、というところです。地方に行けば行くほど、クチコミやネットワークが強いので。
河野:ECの運営について、どこまで外部に委託するべきだと思いますか?
森野:そこは経営者判断になると思います。お金をかけてでも売りたいからすべて委託する場合もあれば、業務が見えないと不安だから内部でやるという場合もある。どちらでも良いと思っていて、「どちらが良いですか?」と聞かれたら、外注の手数料と内部の固定費の話をして、最終的な利益で判断すべきと提案しますかね。つくっているものに愛着があり、出荷まで見届けてブランドを作りたいという考えかたもあると思います。その場合は固定費うんぬんでなく、内製が良いでしょうね。
河野:運営とブランドは混じり合うと思います。究極を言えば、機能性が優れた唯一無二の製品だったら、すでにブランドは成立しているため、運営は外部に委託し、とにかく日本全国どこでも買えるように常に在庫を用意することに徹することが最優先です。
一方で、自分たちでお手紙を入れて1個1個梱包し、お客様が実際に使ってみてどう感じられたか全部聞きたい、そういうコミュニケーションを大事にしたいブランドは自分たちで運営するべきで、外部のプロに運営方法を教えてもらうというやりかたがあります。つまり、ブランド活動は運営と切り離して考えられないわけです。そして、ブランドだから内製する・外部に委託するという判断基準ではなく、うちのブランドではどうするべきかで考えるべきです。
森野:結局ブランドというのは、日頃その企業が積み重ねていることを、外の人がどう感じているかによって決まりますよね。いちばん多くの人が感じていることが、いわゆるブランドになる。行動や発信がブレるとブランドになりづらい。そこを揃えて、ノイズキャンセルのようなことをしていくと、きれいな音になるのかな。
河野:ここで森野キュレーションの話に立ち戻るのですが、ブランドにかかわるステークホルダーが多くなるほど、当たり障りのない行動に集約されてしまうんですよね。「なぜこの行動をとったのか」が弱くなってしまう。それが積み重なるとブランドではなくなっていくと思うんです。
森野:他社と比較して、相対的な意味でブランドを形成するとかですね。
河野:そうなるとおもしろくなくなってしまう。少人数で運営しているほうが、熱狂的なファンがつきやすいのは、その人たちが持っている感性や熱量をあまりノイズが入らない状態で届けられるからなんでしょうね。
一方で、アクが強すぎて客観性がないのも問題だと思います。音楽で例えると、ものすごい技巧があって、めちゃくちゃこだわって曲を作って路上ライブをしたとして、それにリスナーがお金を払うかは別問題ですよね。たしかに中小企業の社長さんは、そういう超絶技巧ミュージシャンみたいな方も多いです。ただ、その超絶技巧ギターテクニック、お客様は求めてますかね?というのは気をつけないといけないと思います。
AIが登場したこの先10年のECを考える
河野:メルマガ「毎日堂」10周年、これから先の10年、ECはどうなるかを話して終わりにしましょう。森野さん、どうなるとお考えですか?
森野:ChatGPTや音声アシスタントとくっついていくことを考えると、ユーザーは「選ぶ」ことをしなくなりますよね。ECサイトを作ること、運営することが難しくなります。AIがデータから森野という人物の趣味嗜好を判断して「あなたが食べたいパンはこれですね」と3つほど候補を提案し、そこから選ぶような買い物が主流になったらどうしていくのか。競争が見えなくなるため、「このような対象に向けて商品を作り、発信してみる」を繰り返していくしかないかなと思います。商品の見せかたや売りかたが変わってしまうため、いかにユーザーを知っているかが勝負になると思います。
逆にネットで購入してもらうことをあきらめて、リアルで購入した人がよりリアルで購入しやすいファンしか買えない仕組みを作るとか、田舎で唯一のスーパーのように物理的にオンリーワンの存在になるとか。ブランドと商品をしっかりさせることが、より重要になるでしょうね。
河野:極端に進むことはありえると思います。たとえば洗剤が切れそうだなと思ったら、AIに「同じの買っといて」と言うか、「似たようなので香りが違うやつある?」と候補を出してもらってそこから選んだりするかもしれないですね。わざわざ自分で探して選ぶ機会は減ると思います。
今のECサイトに限らず、PCのインターフェースは、わかりやすくするためにリアル世界を模している。デスクトップは机の上だし、ECサイトも同様で、ファサードがサイトデザイン、棚に陳列された商品のような商品一覧、カートもそのままあります。それがいわゆるGUI(Graphical User Interface)です。
それがAIの登場で直接会話ができるようになると、わざわざリアル世界を模す必要がなくなってくると思います。チャットインターフェースで「これとこれとこれが欲しい。この中ならこれかな」「15分くらい待っているので、追加で欲しいものあれば言ってください」「決済しておきました。明日届くみたいです」といったようなやり取りでものが買えれば、ECサイトってなくてもいいんじゃない?という人も出てきますよね。考えながら、こわいなと思いました。
森野:今のインターフェースに慣れた人が、「アナログレコード聞きたい」みたいなニーズからECサイトを使うかもしれないですね。人間が現状のECサイトで買い物をしているとどうしても「買い忘れ」があるので、AIはそれを防いでくれるでしょうし。
河野:注文時間を調整してほしい時ってありますよね。AIはそれもやってくれそうだな。今後は、UI/UXならぬ、AIエクスペリエンスみたいなものが問われるようになっていくのかもしれません。
森野:10年間メルマガを出していて、SEOだけは変わらなかったと言いましたが、その根幹の部分が変わり始めているということですね。
河野:森野さんはどちらの始まりにも立ち会っていてすごいなと思います。ただ、本質的な部分の議論はあまり盛り上がらないし、仕事としては地味でやりたがる人が少ないのでしょうね。
森野:だからSaaSがこんなに増えたんでしょう。10年間でツールはすごく増えました。これだけつながると、システム側はたいへんです。
河野:結局「人」に戻ってくるのですが、これだけツールが増え、テクノロジーが進化した状態で「人」に求められる期待値が高くなりすぎていて、たいへんだと思います。
では最後に、森野さんの今後10年をおうかがいしても良いでしょうか。
森野:独立してからずっとそうなのですが、常に中途半端なところにいるのを心がけていて、今後も中途半端なところを探しながら、のらりくらりとやっていくと思います。
たとえば、名古屋と東京の両方で仕事しているのが良いようで、名古屋の人から見ると「東京で仕事しているからデキそう」となり、東京の人から見ると「わざわざ名古屋から来てくれた」と価値が出る。Google アナリティクスもやるけれど、ECもかじってと、どこかの分野にバチっとはまらないように心がけています。属するのが無理というのもありますけれど。
メルマガは、この先10年やれと言われたら「やりたくない」と言いますが、結果的に10年やり続けたということになっていそうです。AIでメルマガがいらなくなるかもしれませんけどね。
河野:ChatGPTにメルマガを送るようになるんじゃないですか。ChatGPTが必要なら要約して、読みたい人に送るという。
森野:人間はあえて正解を選ばないことができるので、それが良いところだと思っています。
河野:音楽には「ヒューマナイズ」というコマンドがあって、あえてずらす、つまり下手にすると人間ぽくなるんですよね。そういうのは大事だと思います。
僕は、未来のことを話すようにしようと意識しています。もはや先が読めないので、「こんな未来が来るとするなら、どんなことを考えるべきか」という。子どもの頃、科学雑誌「Newton」が大好きだったのですが、今のテクノロジーの進化は、それこそ太陽系の惑星はこうなっていていつか探索機がたどり着けたらと考えるようなものです。ですから、ずっとECの未来、ブランドの未来を語り続けようと思っています。
今日は本当にありがとうございました。森野さんの記事はいつも読んでいて、「運営」は泥臭いというか、地味なところがあるけれど、本当に大事な仕事で、そこをやられていることを心から尊敬しています。
森野:そう言われると、ちゃんとした記事を書かないといけないですね。
河野:いえ、そこはこれまでどおり、ヒューマナイズを入れてお願いします。