色を通じてブランドを考察してみたー第5章〈嗅覚〉

色を通じてブランドを考察してみたー第5章〈嗅覚〉

こんにちは!FRACTA Research & Implementation(RI)局の島田です。

色を通じてブランドを考察してみたー序章として、ブランドに印象付けられた色と「五感」の関係について考察をスタートした本シリーズ。今回は遂に最終章です。第5章として、「嗅覚」にフォーカスしていきます。

「嗅覚」は4章までで触れてきた「触覚」「味覚」に次いで、知覚全体のおおよそ3.5%を占めます。(『産業教育機器システム便覧』p.4 教育機器編集委員会編.日科技連出版社:1972年)決して高い割合ではありませんが、五感の中で唯一、「嗅覚」で感じ取ることができる“匂い”だけが感情・本能に関わる「大脳辺縁系」に直接伝達されるのだそうです。記憶を司る器官とも言える脳内の海馬が、リアルな感情と匂いの体験を繋げています。(こちらのサイトをご参照ください。)

 

その色は、どんな香り?

甘い匂い、つーんとした匂いなど、モノを前にして感じる匂いや、雨の日の匂い、美味しそうな匂いといったどこからともなく漂う匂いなど、私たちは日々嗅覚で匂いを感じています。人間が嗅ぎ分けられる匂いは約400種類の嗅覚受容体と、数十万種類もある匂い分子の組み合わせの数だけあると言われています。(メカニズムはこちらのサイトで詳しくご紹介されています。)

前回までと同じように、画面からは直接匂いを感じ取ることはできません。そのため、「視覚」情報から得た色と、これまでの体験の記憶をもとに「嗅覚」で匂いを感じ取ってみます。今回も一緒に匂いを想像しながら、またその匂いを感じることとなった原体験を思い出しながら読み進めていただけると嬉しいです。

それでは、今回もFRACTAが伴走したブランド事例を見ながら分析していきましょう。

 

研ぎ澄まされた香りをご堪能あれ

SAKE HUNDRED|株式会社Clear

最高峰の日本酒で、世界中の人々の『心を満たし、人生を彩る』ことをブランドパーパスとして掲げています。味わいだけでははなく、心も体も満たすことができる存在でありたいと宣言されています。

実績紹介ページ▶︎ブランドの自走と成長を見据えたShopify Plusプランへの移行


https://jp.sake100.com/

早速画面上の色を分析してみましょう。

まず目に飛び込むのは、真っ黒で艶やかな日本酒の酒瓶です。酒瓶を境界線として、左手は研ぎ澄まされた静寂を感じる漆黒のゾーン、右手からは光が当たり、暗く深みのあるベージュが明度をあげながら徐々に白みがかっている様子が伺えます。右手画面中央はぼんやりと灰色がかった薄い黄色で、明るさを感じます。

まずはこの大きく左右にゾーン分けされた色彩に注目します。右手から左手にかけて視線をずらしていくことで、ベージュのグラデーションによる柔らかさより、徐々に変化する深みのある匂いを想像できます。

酒瓶のラベルは、黒をベースとして金色で印字、縁取りがされています。そして、照明の具合による発色効果かと推測しますが、ラベルの左手は多色を纏い輝いています。

ラベルの金色を視覚で捉えた際に、2つの記憶が呼び起こされました。1つ目は正月のお屠蘇に注がれた金箔入りの日本酒です。僅かな酒量ながらも、雑味のない上品な米の甘い匂いを感じたのです。屠蘇器の底で輝く金粉が、匂いや味に華やかさを与えているようでした。そして2つ目はデパートの化粧品カウンターで試したDiorの香水、J'ADOREでした。滑らかなカーブと金色の装飾が印象的な香水瓶で、華やかさの中にも芯を感じる匂いが強く印象に残っています。

金色は富を表す色であるとともに、アフリカでは“肥沃な大地がコミュニティにもたらす豊かさと結びつく”〔『配色デザイン カラーパレット』p.158 サラ・カルダス(著) 百合田香織(翻).ビー・エヌ・エヌ:2021年〕色であると記されています。日本酒の原材料となる米の、首を垂れた黄金の稲穂をも想起させるようです。そして金色とともに視覚で捉えられる多色の輝きは、匂いや味わいなどの奥深さに誘うような印象です。

私はこの画面から、「柔らかさの中にも華やかさがある、奥深い匂い」を感じました。

ブランドページでは、日本酒の魅力についてこのように語られています。

“日本酒の魅力。それは、連綿と続く歴史・文化であり、洗練された精神性であり、唯一無二の発酵技術であり、心が震えるほどの奥深い味わいです。日本酒には、世界中の人々を感動させる力があります。その大きな可能性を、私たちは信じています。”

 

ワインやブランデーをはじめとした洋酒にも引けを取らない豊かな香りと味わいが楽しめる日本酒で、まさに『満たされる』体験をしてみてはいかがでしょうか。

 

温もりを感じる香り

MAITUNE|アクティブ合同会社

長野県佐久市で作られる幻のお米「五郎兵衛米(ごろうべえまい)」をこだわりの生育で作り上げています。玄米、白米、そして双方の良さを閉じ込めたバランス米を扱っています。

実績紹介ページ▶︎自分らしい、未来の健康を提案する。玄米ブランド新規立ち上げ


https://maitune.com/

画面が視界に入っただけで、ぐぅっとお腹が鳴ってしまいそうです。鮮やかな橙色をベースに、中央に白い生米、そしてその周りには色とりどりのどこかほっと安心感を抱いてしまう、数々の小鉢や味噌汁、茶碗が並びます。

まずはベースとなる鮮やかな橙色の効果を考察してみましょう。

橙色は暖かさや明るさ、元気を与える効果があるとされています。そして胃腸を刺激して食欲を促す効果があると言われています。飲食店の看板に店内のライト、テーブル…思い起こしてみれば、あらゆるところでその色の効果が使われてることがわかります。

続いて、橙色の背景の上に配置された料理や器を視ていきます。中央からその周辺へと視線を移動させていきましょう。

中央に佇む白い生米は、どこか凛とした空気を感じさせます。白色は、始まり、だとかクリーンな印象を想起させます。艶やかな炊き立ての白米の匂いは、多くの方が体験したことがあるかと思います。次に、生米を取り囲むように写る、小鉢をはじめとしたご飯のお供も視ていきましょう。右上から、ごぼうの金平、ふっくらとしただし巻き卵、なめこの味噌汁、たくあん、ひじきの煮物…と、どれも一般的な日本の家庭の食卓に並ぶ食事ですね。

器の色は白系、茶系、青系と様々ですが、載せられた食材とお皿との色のバランスは、どれも食材を引き立てる色合いであるように思えます。例えば、画面右手のだし巻き卵なら、やや淡い青銅色の器に装われることで、色相環*では反対に位置する色同士でも、淡さが黄色と喧嘩せずにバランスをとっているように思えます。白米の左隣のひじきの煮物は、大豆の色に合わせた艶のある江戸茶色の器が、ひじきの黒色や人参の橙色の混ざり合った色合いとうまく馴染んでいます。

*色相環:色を波長などの変化に応じて、環状に並べて表記した図のこと(参考

さて、匂いの考察をしていきます。この画面に写る1つ1つの食材の匂いは、おおよそ想像がついてしまうものです。そこで、私の匂いの記憶を辿っていきたいと思います。

初めてこの画面を見た時に、私は母や祖母が作ってくれた我が家の食卓を思い出しました。学生時代、暑い日も寒い日も、部活や課題でへとへとになって帰ってきた夕方には、白米が炊けた匂いや、おかずの匂いがして、無意識ながらも安心したのです。また帰省すれば、祖母と母が画面上のような食事を作り食卓に並べてくれました。野菜をはじめとした素材の色が生かされた副菜の数々は食卓を彩り、お腹も心も満たしてくれたのでした。

これらの記憶をもとに、私は画面からは「どこか懐かしくて、安心する匂い」を感じたのでした。

この画面から感じる匂いは、「白米の炊ける匂いと、数々のおかずが織りなす、どこか安心するお腹が空く匂い」であると私は考察しました。

ブランドストーリーには、MAITUNEのお米づくりのこだわりが記されています。田んぼの耕運から景観づくりまで含めて、丹精込めて作られたお米は、心も体も元気にしてくれそうですね。

 

爽やかな緑茶の香りで心も体も元気に

ALL GREEN|株式会社ゼロワンブースター

飲料メーカーの社内ベンチャー制度により考案された、新製法の緑茶ブランドです。緑茶の茶葉が持つ豊富な栄養素を余すことなく取り込める、新しいスタイルの緑茶です。

実績紹介ページ▶︎社内ベンチャー制度から生まれた、緑茶ブランド立ち上げ支援


https://all.green/

柔らかな日差しが当たる白いテーブルの上には、真っ白な器と透明なグラス、そして製品が配置されています。早速色を分析していきましょう。

テーブル、右下の重ねられた器、そしてグラスを持つ人の服は全て白色で統一されています。白はMAITUNEの例で述べた通り、清潔な印象を与えてくれるとともに、新鮮な気分を感じる効果もあります。ボックスと個装パッケージの緑色は、まさしく製品の名を表す色です。常盤緑色*の明度を高くした、軽やかな印象を与える緑色であると考察します。透明なグラスには製品を溶かした状態の緑茶が注がれています。グラスの透明さが緑茶の色を際立たせています。

*常盤緑色:松や杉のような常緑樹のように濃い青みの緑

味覚の話になりますが、緑茶を想像した時にやや苦い、渋い、という印象をお持ちの方もいるのではないでしょうか。実際に私はこちらの製品を飲みましたが、とても軽やかで爽やかな味わいでした。グラスの透明さがその色だけで想像されてしまう味わいに、軽やかさを与えているようにも思えます。

では、この画面上からどのような匂いが想像できるでしょうか?

まず緑色からは、私は川辺や公園の芝地や、この製品の原材料となる茶畑を想起しました。天気の良い日に、燦々とした陽の光を浴びた緑の芝は清々しく、新鮮な匂いがするように感じます。そして茶畑が両側に広がる道を歩いた際に、ふわっと漂う爽やかな匂いを感じた記憶があります。

続いて背景の多くを占める白色からは、百合の花や石鹸を想像しました。百合の花からは上品な、石鹸からは清潔感のある匂いを想像しました。しかし背景に白色を使った意図を考えると、白=無臭、と捉えるのが正しいのかもしれません。茶葉の香りを邪魔しない匂い、茶葉の香りを純粋に楽しむためのベースといった意味があるように考察しました。

上記の考察から、私はこの画面から「清々しく澄み切った、爽やかな匂い」を感じることができました。

柔らかな日差しが、画面上の対象物に輝きを与えていることから、匂いのみならず、その味にも澄み切った印象を与えてくれているものと思います。

MAGAZINEでは、原材料となる茶葉の生産地の茶農家さんのインタビューが掲載されており、お茶づくりへの想いやこだわりを知ることができます。緑豊かな茶畑の風景写真も掲載されています。緑茶の新たな魅力に気づき、視覚、味覚、また嗅覚で美味しく緑茶を味わえることと思います。

 

匂いで広がる色と記憶の世界へようこそ

今回も画面から視覚的に捉えられる情報を、体験や経験を元にした記憶を遡りながら嗅覚で匂いを捉えてみました。みなさんは、どのような匂いを想像しましたか?冒頭に記載した通り、匂いの記憶はリアルな体験と紐付きやすいため、読者の皆様にも匂いを想像しながら思い出される景色があったのではと思います。

さて、今回は嗅覚と記憶の紐付きの描写が非常に印象的な本を2冊ご紹介したいと思います。

1冊目は、『透明な夜の香り』です。人並外れた嗅覚の持ち主である調香師の小川朔と依頼者からの調香をめぐる物語です。この小説で印象に残った文を紹介します。

“ーー香りは脳の海馬に直接届いて、永遠に記憶される
けれど、その永遠には誰も気が付かない。その引き出しとなる香りに再び出会うまでは。”
『透明な夜の香り』p.238 千早茜(集英社文庫:2023年)

 

ふとした瞬間に、匂いを感じて風景や情景を思い出す、といった経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか?この小説は、そんな匂いから呼び起こされる記憶の描写や、所々に散りばめられた植物の名とその色、香りが非常に印象的です。

2冊目は『檸檬』です。檸檬色と想像しただけで、嗅覚と味覚でその酸っぱい匂いや味を感じますね。この小説は、得体の知れない不安に追いやられていた語り手が、八百屋で檸檬を手に取ったことから始まります。非常に短い小説の中で、語り手の気持ちの不安や高揚が鮮明に書かれています。

この小説で印象残った箇所をご紹介します。

“私は何度も何度もその果実を鼻に持って行っては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像にあがってくる。(中略)実際あんな単純な冷感や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと云いたくなった程私にしっくりきたなんて私は不思議に思えるーーそれがあの頃のことなんだから。”
『檸檬』p.13 梶井基次郎(新潮文庫:2003年)

 

読みながら檸檬の香りを一緒に感じられるとともに、不安に苛まれていた主人公にぱっと光が差したような情景も浮かんできそうです。檸檬の温度や触り心地、匂いや見た目が記憶に刻まれている様子からは、まさに記憶と五感のつながりを感じずにはいられませんでした。

この短い小説の中で檸檬の色彩が語り手の生活する場面に緊張感を与えたり、檸檬の存在そのものが高揚感を与える役割を担っています。短くも少々難解な小説ですが、1つ1つの場面は想像しやすいものです。スーパーで檸檬を見かけた時は、ぜひこの小説を思い出してみてください。

 

五感を研ぎ澄ませて色を感じ、ブランドの世界観に飛び込む

視覚から始まった、色を通じたブランド考察も、今回で最後です。お読みくださった皆様、ありがとうございました。全5回の考察を通して、多種多様な色がブランドの世界観を作り上げていること、そして想像以上に色と記憶、経験の繋がりが強いことを改めて実感しました。

FRACTAは、ブランディングの段階でブランドが根付く土地へ足を運び、ブランドだけではなく土地や人を知り、ブランドと共に伴走しています。対話や分析を通して紡がれたブランドメッセージは、色にも表れます。

ECや店舗で商品に出会い触れ、手に取る時、土地を訪れてブランドを感じる時、ブランドを表現する「色」を通じて、ブランド全体を五感で味わってもらえたら嬉しいです。

全5回の学びを経て、私は色とブランドを巡る新たな旅に出てみようと思います。

 

 

以前の記事はこちら

序章▶︎色を通じてブランドを考察してみたー序章

第1章▶︎色を通じてブランドを考察してみたー第1章〈視覚〉

第2章▶︎色を通じてブランドを考察してみたー第2章〈聴覚〉

第3章▶︎色を通じてブランドを考察してみたー第3章〈触覚〉

第4章▶︎色を通じてブランドを考察してみたー第4章〈味覚〉