運営堂・森野さんと語る!ブランド価値を高めるAI時代のEC運営とは【前編】

運営堂・森野さんと語る!ブランド価値を高めるAI時代のEC運営とは【前編】

運営堂・森野誠之さんが平日毎日配信するメルマガ「毎日堂」が2023年5月で10周年を迎えました。その間、ECを含むネット業界を見てこられたわけで、その知見は相当なものだと思います。また、森野さん自身にもファンがついているからこその継続でしょう。森野さんと「毎日堂」が象徴する個人のブランドの強さは、AIによって激変が予想される今後を生き抜くヒントを与えてくれるはずです。
(Text:ワダ スミエ)


メルマガ「毎日堂」10周年!森野さんに舞台裏を聞く

FRACTA 河野:「毎日堂」10周年おめでとうございます!トレンドも技術的な面でも刻々と変わっていく中で、10年間という長期間継続されたのは本当にすごいことだと思います。SNSやブログでも書かれていますが、率直な感想をお聞かせいただけますか。

森野:平日毎日配信しているため、あっという間に10年が過ぎましたね。メルマガを書いて寝て、次の日起きたらまたメルマガを書くというサイクルを回していたら10年が経ったという感じです。

河野:ネタに困ったりしないんですか?

森野:ネタは豊富で、絞るほうが難しいです。これを取り上げたほうが良いなという記事はたくさんあり、それを取り上げるならこれもと延々に掘り下げていくことができるため、切りどころが難しい。「この記事はバズったし、もう皆見ているだろうから毎日堂では取り上げなくても良いだろう」といった基準を作りながらの10年でした。

河野:いちばん反応があった、ウケたのはどういう記事ですか?

森野:まともな記事はあまり反響が大きくないです。「その他」のジャンルに入れたものや、メルマガの最後のひとことのほうが反響があったりします。

そもそも、読者の方ってあまり反応を示さないんですよね。良いなと思っても、あえてアウトプットする必要がないでしょう。すごく役立ったかもしれないけれど、発信者には伝わってこないこともある。ずっとひとりごとを言っているようなイメージです。

緊張感がないと、どんどん手を抜きたくなってしまいますので、開封率などのデータを見て、これだけの方が読んでくださっているんだと自覚して、ダレないようにはしています。とはいえ、明らかに手抜きだろうとお叱りが入りそうな回もあるのですが。

河野:それは人間ですから仕方ないですよね(笑)。10年継続すると「これは同じ流れだな」「きっとまたここに帰結するな」といったテーマも見えてくるのではないでしょうか。

森野:ありますね。たとえば「タスク管理」関連のネタは繰り返し出てくるのですが、結局のところ、やるかやらないかを早く決めて実行するだけなんですよね。それをしないから、タスクのように見えてタスクでないものが次々に増えてきて、ノウハウを求めるようになる。こういった記事は10年間、表現を変えて次から次へと出てきています。本質としては変わらないし、わたしのほうでは毎回読んでいるので飽きてはいるのですが、たとえば新入社員のような新しい読者の方のためになるかなと思って紹介し続けているところはあります。

新しいトピックスが出てきた際の流れも決まっていますね。最近では、ChatGPTでイメージしてもらうとわかりやすいと思います。まずは「これはなんだ」と騒ぐ勢、「これは使えない」とけなす勢の両方が出てきます。そして盛り上がった後、定着してくると「もう終わった」記事が出てきます。またしばらく経つと「まだ終わってない」「新たにバージョンアップしてこうなった」と盛り上がり、当たり前になると記事自体が出てこなくなるという流れです。このサイクルは変わらないですね。

河野:10年間変わらなかったものはありますか? 振り返ると、スマートフォンが登場してサイトデザインも変化しましたし、まさか動画がここまで一般的に用いられるようになるとは誰も予想しなかったですし、AIに関しては数週間でアップデートされるスピードで変化しています。

森野:タスク管理のようなビジネススキル以外で言うと、SEOでしょうか。昔は小細工が多少効いた時期もありましたが、根本的なところは変わらないですよね。Googleの根本の部分ですから、Google自体が大きく変わらない限りは本質は変わらない。しかしながらそれは、ウェブマーケティング業界ではめずらしいことかもしれません。

無理にウケを狙わない。個人キュレーションの強み

河野:読み手の変化はありましたか?

森野:新しい人が入ってこられて、Twitterで感想を書いてくださることがあるのですが、すごく新鮮だったりしますね。自分の見られかたも変わってきていると思います。「ウェブマーケに詳しいニュースレターを出している人」と認識されていたりして、「自分はそんな人だったんだ」と気づかされたり。ただし、読者の方の大半が「情報収集に困っていて、誰かの紹介で『毎日堂』を知った」というのは変わりません。

ニュースアプリが出てきたり、RSSにも登録してみたり、いろんな手段を試してみた結果、『毎日堂』がいちばん楽だというところに帰結するようです。たまに自分で読むと、「これが毎日来たら便利だな」と思うこともあります。

河野:情報が整理されていて「これだけ読んでおけば良い」というのがあると楽ですよね。

森野:メディアはビジネスですから、広げざるを得ないんですよね。すると読み手はついていけなくなって、どの記事を読めば良いのか自分で判断しなければならなくなり、それが面倒くさい。わたしの場合は個人ですから、広げなくてもやっていけるところがあります。「森野キュレーションがお気に召さなかったら、どうぞ他でご覧ください」との考えでずっとやってきています。どうしても見てほしいと思ったら、ウケが良いものを取り上げて大衆紙のようになりますから。「嫌なら見なくて良いよ」というスタンスだからやれているんだと思います。

河野:尖ったものをやる場合に、お客様を選ぶことも大事だと思うんですよね。多くの人にメリットを感じてもらうには、平坦にせざるを得ない。パブリックであればあるほど、尖ったものをなくさざるを得ないのだと思います。

一方で最近の流れとして、その人の思考そのものを理解したいという欲求がある。どれだけ突き抜けられるかだなと思っていて、森野さんの場合は、利害関係なくできるのが強いんでしょうね。

森野:個人のYouTubeチャンネルに人気が出るのも同じことですよね。当たり障りのないものをやるんだったら、やり方を変えないといけないですし、自分がやっていて楽しくないと思います。

河野:発信者側からしても、楽しく盛り上がってくるからこそ言えることってありますよね。音楽に近いのかなと思っていて、たとえばライブは、そのアーティストがすごく好きなファンが来てくれる。だから演奏する側も、その熱量に応えようとしますよね。ある日アーティスト側が、「もう少し広く受け入れられるようにこんな演奏をしてみます」みたいなことをしたら、ファンが怒ることもあります。つまり、ファンと発信者の間でコンセンサスが取れていて、だからこそ盛り上がる。「毎日堂」はそれに近いのかなと思いました。

森野:たとえばメルマガで記事として紹介しながら、その記事で取り上げられているツールについて、「自分では使いませんが」とコメントをつけることもあります。すると「じゃあ、メルマガで紹介するな」という反響が来たりするのですが、わたしとしては「話題のツールだけれど取り入れない選択をする」人がいることを知ってほしいんです。そういったコメントに対して、リアルで会う機会があると「なぜですか?」と質問くださる方もいて、「そこまで考えて読んでくださっているんだ」と気づかされたりします。そういうやり取りは、音楽のライブと同じで楽しいですよね。

河野:なるほど、森野さんのメルマガは双方向なんですね。コミュニケーションになっている。森野キュレーションを学ぶだけではなくて、楽しむために読んでいるんでしょうね。言葉で言うのは簡単ですが、実行するのはすごく難しい、憧れます。

森野:理屈じゃないのと、ひとりが好きじゃないとできないかなと思います。

河野:わかります。たとえばYouTube配信をやってみても、僕の場合、視聴者の数が少ないと絶望してしまって、すぐやめてしまったりしますよね。ウケを狙っては一喜一憂しちゃうんだよなあ……。

後編に続きます)